英語上達への道を探る(I) 2005/02/02
若い頃から「英語」が三度の「メシ」より好きでした。 英語に上達するには、どうしたらよいのか?
現在でしたら、
1)「英語圏」の国に行って10年も暮らせばよい。
2)「英米の英語放送を聞けば良い」。
3)「CATVで諸外国の「映画」を毎日見ればよい・
4)巷にある「英会話」学校に行けばよい。
5)中学生や高校生は、学校に常駐するAET(=Assistant English Teacher)に教われば良い。
が回答となるでしょうか?
高齢者(=63才)となった小生が、幼年期から少年期には、次のような方法でした。
1)幼児/少年時代:
母親が、元女学校の教師をしばらくしていた。(大正5年5月生まれ/現在の大谷女子大の前身大谷女専卒、90才の今も元気)。
そのためであろうか、いつも病身であった私に、アメリカのマンガ本(Micky Mouse/Blondyなど...)そして、ABCのPenmanshipなど
を幼児から小学生のころに与えてくれたことなどが、今思えば、大きな「学習のMotivation」になったのだと思われます.....
2)少年期−−青年期:
A.英米の雑誌や絵本にふれること。
B.英語放送を聞くこと。/NHKの英会話番組を毎朝聞くこと。
C.英語のテ−プを聞くこと。
D.本物の英語の先生に出会うこと。
E.映画館で英米の映画を繰り返して見て、動作と英語を聞き覚えること。
F.英米の小説や新聞・雑誌を読むこと。/毎日15分間以上−−
など、ただ「簡単」に留学すれば良い」だけに、凝縮されないで、日本にいたままで、英語を身につける方法は、いくらでもあった」と思います。
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●中学生のころに、見た Disney のマンガ映画の中で、尺とり虫(=Inchworm)が蝶々に ”Who are you?”と問いかける場面があり、「分かった」
と「大いに感動」しました。小さな「感動」は、英語を持続させる原動力になります。
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●小生が、大学生の時代には、「外貨事情もあったし、日本の国も貧しかったから」でしょうか?留学は、本の「一握り」の留学試験に合格した人だけが
留学出来ました。ESSや大学生のESS FEDERATION(=京都市内の大学ESSが合同でやっていたSESSIONがありました)。これは、市内の
AMERICAN CULTURE CENTERで、アメリカ人の講演やLECTUREを聞いたり、DEBATINGをしたり、またESSの先輩たちとともに
他校のESSのメンバ−と交流したり、外人宣教師の先生たちと、近江や八瀬などにPICNICしたりと多彩でした。
その頃に先輩やアメリカ人から、教わった英語の歌の数々−−は、今も頭に残っています。
賛美歌 ONLY BELIEVE/GOD BE WITH YOU/黒人霊歌 JOHN
BROWN'S BODY, ST. LOUIS BLUES/ MOTHER GOOSE
/など....
また、もっともお世話になった「横山教授」の「君たちは、英文学は読まないで、毎日英字新聞を読みなさい」
の教え」は、あまり、はっきりとしない」英語学習観をもっていた小生には、「衝撃的な内容」でしたが、後の英語学習には、大変に影響力の強いものでした。
「英語が話せるようになりたい」=だから「英語会話」は間違いである/聞いてわからねば、英語会話はできない。
これは、実に「明解」です。日本で英語会話を学習した人は、「話せる」が、英語を聞いても分からない」状態が多い。たとえば、アメリカで鍼灸師をしていた
人が帰国して、あるビルで、鍼灸院を開業した、そこを訪問したら、アメリカ人も来ていました。その人の娘(=中学生)は向こうで生まれましたから英語は
上手です(=アメリカ人だから)、しかし鍼灸師の英語は、我々よりも「発音は下手」、話している英語も美しい立派な英語とはほど遠いものであったが、アメリカ人が
「話す」英語は、すべて理解していた」これは、日本国内で「英語学習」するひとにとっては、衝撃的なことです。
「聞いて分からねば」会話は成り立たない−のです。本当は、「アメリカ」で暮らさないと、出来ないこと」があるのです。したがって、英米で暮らすと
2−3年暮らすとよい、10年も暮らせば良いのです。でも「全ての日本人」がそうする必要もないでしょう。「英語をものにする」のが目的であればだけです。
サンフランシスコのホテルに、50代の女性が来ていました。在米50年とか、「今では、英語は話せます、でも日本語は忘れ、書くのは「漢字」は書けなくなったわ」
と言っていました。また、大阪外大の倉石教授の娘さんが、幼児から中学時代までアメリカにいて、「お父さん、友達「持ってきたよ」」といった話、自動車のバッテリ−が
「死んだ」話(= Dad,I brought my friend.
「英語では物を持ってくる」と人を連れてくる」の区別がない)(This battery is dead.)など、いくらでも話が
あります。
●日本人のままで、「達意な英文が綴れ」「話せる」ようになる方法はないのか。当初は、「英語学習=「英語を話せる」ようになりたい」=だから「英語会話」と思っていました。
しかし、これは大きな間違い」であることが「痛感」されました。その理由は、明白です。
たとえば、英語会話の本を購入する−−「こんな場合には、こう言えばよい」と例文が列挙してある−−−−−
これらが、覚えられますか(勿論、覚えるテクニックはあります−−小生の先輩が行ったように、その本を60回読めばよい=この先輩は、ある時、京都の
百貨店/観光の寺院(=外人は無料または割引料金)を尋ね、ハワイ出身のアメリカ人のふりをしてまったくばれなかった」という強者です=後には大学教授になられました)
おぼえても、無駄と思われます。また実際普通の人には出来ません...
しかし、こんな英語を覚えて無駄ではない/が、せいぜい300−−400の決まり文句−−−Thank
you very much/ You're welcome/ I'm sorry
to hear of
the loss of your father. Please accept my
condolences. などを覚えたら、英語がしゃべれるというのか−−−ということです。
小生が外大で学習していたころに、そのように「考えて」いた人も多かったようです。ですから、それで「英語」の勉強は終わり−−そして海外旅行ができた」と
喜ぶ−−−程度の学生が多かった」です。
でも、なにか」おかしい−−−つまり、英語の学習」はそのようなものでは、ないのです。
およそ、我々が「頭で考える」ことの全てを、英語でも言いたい」し、また「多少、外国なまり」があるとしても、英米人と自由に「意志の疎通」が
出来る方が、「精神衛生」上は、気持ちが良いのではないでしょうか−−−−−
小生が取った方法は、次の通りです。
1)英語の「聖書」を読む/宣教師にBibleを教えて貰う。小生は7年間、雨の日も風の日も毎週通い続けました。(京都外大卒業後です)
聖書だけでなく、その宣教師の方との「おつき合い」を通じて、英米人の考え方、日常英語会話、などすべてを学びました。
2)大学生のときに、桃山学院大学のChaplain George H.Gibon 教授の宿舎で、彼のキリスト教に基づく「社会学」 Sociology Based on Love
なる講義を、毎週受けました。彼との親交のあと、神戸のSt.Michael’s Cathedralで、洗礼を受けました。この教会は、日本聖公会−イギリスの教会です。
聖餐式は、カトリックに似たProtestantの式ですが、説教も式も「英語・日本語」両方で行われました。
3)英語放送を聞く。勿論、短波です。小学校の6年生からずっと続けました。
4)英語を書く。日記から、始めました。次は、海外文通です。これは、海外放送を聞いては、放送局へ手紙を書くということから始め、高校2年生から
現在まで、そして、最近のInternetの時代になったEmailで、アメリカや世界の人とmailのやりとりをしています。
5)大学生のとき、三浦光一さんという先輩とともに、大学のESS主催のORATORICAL CONTESTに出場しました。三浦先輩は1位、小生は
3位でした。このときに、ESSの大先輩、岩田静治先輩に、原稿は見て貰い、IMPROVEしていましたが、三浦先輩は、英語の本をじっくりと読む人でした。
彼の言葉」は実に含蓄のあるもので、「英語は、発音が綺麗とか、ペラペラ話す」のが能じゃなくて、中身だよ」と教えられました。
たしかに、「初心者」の内は、ペラペラ英語に陶酔し、美しい女子大生などは、声も美しく、それを文字通りに実行している人が多いようですが、
実体は「中身のないぺらぺら英語」であることが多いようです。
6)英語の教師で生計を立てながら、半生を生きてきましたし、今も続けています。
「英語を話す」ことは、楽しいし、今も学習を続けていますが、日本人にとって、もっと大切な事は「英語で文章」をつづることです。英語で話しても、「一瞬一瞬」で
消えてしまうことです。すでに、少年のころから、英語を学習して、50年あまり、いやであった「英書」の読書も、40年あまり人に、大学受験や高校受験の問題集
を読んで教えて来ると、英語の単語も実用上差し支えないほど覚えたからでしょうか/また、INTERNETで英語を毎日読んだからでしょうか/大変気持ちよく分かる
ようになりました。
ごく普通の人が、英語が好きであれば、「誰でも、英語は出来るようになる」これが私の素朴な感想です。また、日本の将来のためには、英語が話せる人を
多く作るよりは、正しい英語が書ける人を多く作る方が、国に取って「はるかに」有益である しかしながら、英文修行の方が、遙かに厳しい道でもあります。
日本人でも、達意な英文を書ける人はむかしいました。
1)新渡戸稲造 BUSHIDO
2)内村鑑三 HOW I BECAME A CHIRSTIAN
3)岡倉天心 BOOK OF TEA
など...
4)松本亨 この先生の THINKING IN ENGLISH という考え」で小生の英語が伸びました。SEVEN STARS という松本 亨先生の英語小説を読んだが
「英語の小説」を読んで、「感動して」泣いたのは、初めてでした。
日本の中学校の英語教科書で、外国人の名前が、NANCY、KATHY、などしか出てこないのは、間違いだ」と思う。その事を教えてくれたのは、松本先生の著書でした。
5)伊地知純正 この人は、the Japan Times
社の英文記者であったそうであるが、達意な英文を書く方法を教えてくれた」人である。大学生のころ、京都の上賀茂神社の
近くにある京都植物園に行って、英文写生」という事を本当まねたことがあります。方々に行って、その情景を英語で書くという」英文修行です。
そして、研究社の「和英大辞典」「英和活用辞典」の購入です。自分の頭のなかに考える全てを、書いてみる−−日本語と英語を比べてみる。非常に楽しい勉強です。
6)書いた文章をnative speakerに見て貰う−−学生時代の「英語弁論」は、勿論「ドイツ語弁論」もすべてNative Speakerに見て貰いました。
また、教師になってからは、高校生弁論大会の生徒の原稿を持って、生徒の原稿をproof−readingしてもらいに行きました。勿論、直して貰いましたが
どこをどう直されたか」は、自分の英語学習にも大いにためになりました。
7)ここ最近まで、もっとも強い影響を受けたのは−−高橋源次先生です。和歌山県が生んだ最大の英語学者でしょう。
英語におけるCOMMUNICATIONという観点で、これほど「素晴らしい」見解と、それに至る方法論を展開し、また自ら実践されました方は
他にはないと思われます。この先生の考えは、著書 ENGLISH AS A MEANS OF COMMUNICATIONに凝縮されていますが、88才まで
お元気であったが、翌年2月に他界されたとのことです。
最後に、和歌山のあるレストランでこんな英語に出会いました/これは、牛丼で有名なチェ−ン店「すき家」の壁に書いています。
Have a present time with family and our restaurant
is always good place to do so.
We are always working hard to provide the
delicious food with reasonable price to everyone
who come to SUKIYA.
WELCOME TO SUKIYA
Our goal is to make the environment that
everyone can enjoy.
こんな英語を見て、「エ−、こんな英語!」と驚く人がいないのだろうか?
思うに、POPな広告英語や、DESIGNを手がける人たちの書く「でたらめ英語」の見本と思われるですが、この5年間インタ−ネットで鍛えた英語で
訂正を試みますと:
Have a pleasant time with your family and our restaurant is always a good place to do so.
We are always working hard to provide our customers with delicious food at reasonable prices.
WELCOME TO SUKIYA
Our goal is to create a cozy atmosphere everyone can enjoy.
続く
Philip
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February 2nd/2005
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