−北京放送・「紅白歌くらべ・知恵くらべ」の応募で、建国35周年に「北京5日間の旅」に招待された−
以下は、その時の体験記です。
1984年8月−この年のお正月に、3000名を越える応募者の中からただ2名、東京町田市の長谷川優子
さんと、和歌山市の私の2名であった。小学6年生のころ(年齢で言うと12才)、自分で組み立てた短波ラジオで
初めて聞いたのも、北京放送であり、VOAやシンガポ−ル中継のBBCよりも、日本語放送であったから、一番
身近なものであった。その頃のQSLは今も自分の大切な「宝物」として保管しているが、1954年8月受信周波数
は6,100KCと書いている。このような古いころ、つまり新中国が誕生して5年位しか経っていない頃のVERIカ−ド
を持っている人は、余りいないし、放送局にも残っていないので是非見せて欲しいとのことであった。
−しかし、クジとか抽選には、当たったことのない私が、「中国語講座」の曙光さん(今の朱さんの前任)の娘さんの圓々ちゃん(当時幼稚園児)によってすっと引かれた由には、不思議な因縁を感じた事でした。
−初めて、自分の目で見た中国は、非常に「新鮮」でしかも、何度訪れても魅力的な、日本人にとっても「心の故郷」のような不思議な懐かしさを覚える国でした。今は6000KWというとてつもない強力な電波で毎晩、1044KHzで、1008KHzの朝日放送の少し上で、中国国際放送の名称で、強力に受信出来ます。また「北京5日間の旅」はいまも、毎年お正月には実施されていますから、皆様も応募されては、いかがでしょうか?
渋谷 吉孝
(体験記掲載の「ラジオの製作」1984年
