どうして自分が此処にいるのか、考えたことはなかった。否、考えることは無意味だった。必然だとか運命だとか言う言葉に置き換えるのは易しい。ただしそれが完全に正しいとは言い切れないことを自分は知っている。

 

*

 

 その女の人もまた、新たに四天王となった一人だった。ボクは彼女が少し苦手だった。ウェーブした薄い色の髪、明らかに異性を意識した身形。人を食って掛かった物言い。挙げ句の果てに、人の部屋に勝手に入ってきて、この悪態。

「何よ、女の一人も抱けないって言うの?」

 

 ベッドの上に腰を下ろして彼女は持っていた煙草に火をつけた。鼻が焦げ付きそうなくらいの甘い匂い。ボクは彼女に背を向ける。

「今はそんな気分じゃないし、ボクはタバコの煙が嫌いなんだ。出ていってくれ。」
「あら、言ってくれるわね。年上は厭?」
「そういう、事じゃない。」

 

 衣擦れの音がする。

 

「ねえ、こっち、向きなさいよ。」
「…いやだ。」

 乾いた布の音がする。余計な想像が精神を乱す。ボクは必死に頭の中の映像を振り払う。
 女性に興味がない訳じゃない。彼女の肌の滑らかさ、意外にふくよかな唇、魅惑的な胸元、ひどく女性的な腰つき、振り向けば露わになっているのだろう太股の上。
 ボクはエスパーだから、見ようと思えば彼女の裸体などいやというほど見られた。でも見なかった。見られなかった。今もだ。

 

「つれないのね。」

 

 服の脱ぎ捨てられる音。煙草の煙。彼女の艶めいた声。

 

「あたくしがこんなに、」

 

 冷や汗が流れる。ボクはそれを袖で拭こうとするけれど、仮面が邪魔をして、上手く拭えなかった。
 後ろで彼女の立ち上がった音がした。空気で彼女がボクの真後ろに来たことが解る。彼女の腕がこちらに伸ばされるだろう、ボクは意識もしないのにそんなことを考えた。どうすればいい。近寄せられる躯を拒める自信はまるでなかった。
 抱きたくないんじゃない。抱けない。ボクに彼女を抱くことは出来ない。あの挑発的な格好が気に入らなかったはずなのに、あの表情が癪に障ると思ったはずなのに。力に訴えればすぐに解決することなのだ。ボクは男で、彼女はオンナなのだから。だがボクの何かはそれを許さない。煙が揺れた。

 

「だからっ…!」

 ボクは咄嗟に振り向いた。
 黒い服に身を包んだままの彼女が、そこに、いた。そして一言、

 

「脱いでると、思った?」

 

 ボクを嘲った。
 これ以上の侮辱はない。ボクの顔がかっと熱くなる。何かが脊髄を通って脳を直に揺さぶった。
 ボクは知らず知らずのうちにその力を使っていた。まともな人間なら脳震盪を起こして倒れてしまうほどの精神感応を、彼女はいとも簡単にはね除けた。_というより、彼女にボクの能力は何一つ通じなかったようだった。思い起こせばそうだ、ボクは彼女について何一つ知ることが出来なかった。黒ずくめの服の下も、悪魔のような頬笑みの内実も、本当は何一つ覗けやしなかったのだ。
 それは、ボクにとって何よりの恐怖だった。だから見ないふりをした。

 

「どうしたの、黙り込んじゃって。」

 

 もしかしてゲイなの、それとも不能者なの、それならあたくしも諦めるけど。
 彼女は相変わらずの調子でボクを責める。

 

「いや、…ただ、気が、変わったよ。」

 

 ボクは仮面を外した。この人の前で、ボクは只の人間でしかない。女性には飽き飽きしたボクにとって、彼女は余りにも女らしかったけれど、それとは別に、ボクは生まれて初めて女性に出会えたような気がしたのだ。彼女はボクの素顔を見ると、案外いい男じゃない、と例の頬笑みをこちらに向けた。ボクは彼女の腰を抱き寄せ、静かに唇を重ねた。煙草の苦さに引きずり込まれそうだ。

 ボクが此処にいる意味が、漸く解った。こじつけかも知れない、だけど辻褄合わせだって構わない。必死に追い求めたものは、きっと、この一瞬だけ。