久方ぶりに繰り出す街は、いつになく活気に溢れていた。あちこちの街路樹に光るオーナメント。きらきらとした球体が枝につり下がっている。どこからともなく流れてくる音楽は、英語の歌詞をシャウトして、古風な町並みとはまるきりミスマッチだ。
 マツバはそわそわした様子で、隣の人物に目をやった。彼も鼻歌など歌って機嫌が良さそうだ。彼はマツバの視線に気付くと、いかにも気を利かせて相手の尋ねたいことを先読みしたような口調で言った。

「今日はクリスマス・イブだな」

 くりすます、とオウムがえしに呟くマツバが、その言葉の意味するところを知っているかは怪しい。ミナキは続けてクリスマスの説明に移る。そもそもの起源は、と、時代を今より二千年は遡り始めたので、こうなると手がつけられないな、とマツバはそれを聞き流すことにしてもう一度あたりを見回した。ありがたいことに雪は降っていないけれども、空気が寒さで張り裂けそうだ。

 今日は何か大切な日だったのではないだろうか、とマツバは思い始める。普段、特定の日を祝う習慣のないマツバには、特別な日だ、という感覚自体が慣れないものだったので、その違和感を気のせいと片づけてしまうことができなかった。なんだったろうか。少なくとも、神様の誕生日、ではなかった気がする。

「ミナキくん」と、先程から続いている彼の話を差し止める。
「何だ?」
「…うまく云えないんだけど。何か重要なことを忘れてる気がする」
「炬燵の電源なら、ダイカクさんが切ってくれたんじゃないか?」
「そうじゃなくて」

ふむ、とミナキは顎に手をやって、考えるようなジェスチャーをとった。
「いや?他には特に、思いつかないが」
「そう、」
「それより、急がなければ夕食に間に合わなくなる」

 何の前触れもなしに訪れた彼が、夕食の材料を買おうと言ってマツバを街へ連れだしたのはほんの二、三時間前の話だった。年の暮れも近付いて、俄に慌ただしくなっていたジム内でマツバは里帰りしなかった弟子達に稽古をつけていた。そこに突如現れたミナキは、迷惑にもリーダーを連れだして、代わりに私が皆に素敵な食事を用意しよう、と、頼まれもしない役を買って出たのである。

 

*

 

食料品店で目当ての物を買うと、二人はそそくさと店を後にした。とりあえず新鮮な野菜が買えればいいんだ、とミナキは言った。調味料とか、その他植物油でできた生クリーム(エンジュジムでは、基本的に動物性の食物が禁止されていた、勿論酒などは以ての外である)、酒の風味に似た林檎のジュース等々は、彼の長旅の土産だそうだ。マジシャンなんてやくざな商売をやめて、エンジュジムつきの料理人になればいいのにとマツバはいつも思う。尤もその事を口にしようものなら、その言葉は彼を困らせるだけであることは火を見るより明らかだったので、畢竟、彼の作った料理を三度口にすることは叶うことのない願いである。

 そうこうしているうちに、近くにジムが見えてきた。そう遠くない距離に、やけたとうを臨むことが出来る。ミナキは塔の方向を向いて、はたと足を止めた。

「ミナキくん?」
「…忘れていた」

 それだけ言って、再び何事もなかったかのように彼が歩き出したので、マツバは慌てて両手に抱えた荷物を持ち直し、小走りに後を追った。

 

 

>>