| 彼が耳元でぼくの名前を囁く。コロンの上品な香りが鼻孔を擽る。視線を絡ませ、口付けあって互いを味わい、やがて甘やかな痺れが全身を侵していく。 * 彼の愛撫はいつも優しかった。ぼくは彼に羞恥を煽るような真似をされたことは一度もない。かといって、彼は一々ぼくに了承を得るようなまどろっこしい進め方もしない。彼は完璧に、且つ余裕を持ってぼくを愛した。慰めでなく、一欠片の肉欲も感じさせない其れには、正に‘愛の営み’という字面がよく似合った。 ぼくは何時しか、伝説よりも彼への想いで身を焦がすようになっていた。修行と称した其れを卑俗な満足を得る行為とすり替えることも屡々あった(間違いの無いように言っておくと、ぼくはそれにも責め苛まれ、心を咎められていたのだ)。 そんなぼくを彼は知っていた…知られてしまった。其れから彼はぼくに触れないようになった。彼がぼくを心で以てゆかせようとしているのはよくわかる。彼は優しかった。ホウオウと嘗て関わり合えた人間像に抵触するかもしれないぼくのこの所作を彼は穏やかに窘めた。ぼくは、自分がこんなにも厭らしい身体を持って生まれたことを、そうしてそれでもって彼に向かわねばならないことをこの上なく恥じた。彼は優しかった。もう会わない方がいいのかも知れない、と彼は言った。彼は優しかった、その言葉だってぼくを気遣ってくれた一言なのだ。しかし、それだからこそ、ぼくは一層辛かった。 ぼくだって伝説に会いたい。その気持ちは本物だと思う。そしてそれは彼との最初の共通点ではなかったろうか。思い通りにならないこの身体、こんなものはもう要らない。君に劣情を抱くことはもうしない。 |