そんなにもぼくは狂おしくもどかしい思いをしていた。そうしてその日中外界のモノクロームが一転して渦巻く原色の塵が脳を掻き乱していた。思うそばから言葉が飛散する、此の眼と精神は引き裂かれるようにして乖離してゆく。薄い汗が何時まで経っても引かなかった。
 寝間に入っても其の蠢きは連綿として続いていた。目の利かない闇の中でひっきりなしに点滅するある種の衝動、咽を掻き毟りたくなるような激情、ぼくは今にも泣き出してしまいそうだった。
 この身に不満はない。相手のことも良く理解している。伝説に縛られたのはどちらだったか、未来が収縮する、夢という文字が鋭利な刃物に姿を変えて背中に突き刺さる。有り触れたそればかりが自分を傷つけていく、倒れることも出来ない儘進むことも出来ず立ちすくむ自分の形骸が見える。
 何もかも変えられない事実ばかりだった。此の眼はそれを見るためだけのもの、事実を誰より正確に、誰より広範に見るための眼だ。それもわかっている。わかっていた。彼は此処には居ない。そしてその事を自分がとても残念がっている事を。この気持ちが其れに因するものであるということも。何もかも認めたくないことばかりだ、ああこの視界、暗闇、一人の体温。
 ことばが其の儘呪縛となってゆく様を見せ付けられるのが堪らないから、斯うやって何時までも逃げている。きみは知らない。ぼくがきみの来訪を待ち望んでいる事を。ぼくが出来る事ならきみと始終いっしょにいたいと思っている事を。きみが此処へ来るときはいつも、ぼくが心の中でおかえり、と呟いている事を。

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 伝えることはぼくにとって一番難しいことだった。たった一言、好きだよ、と。