本棚を整理していると、マツバはいつしか友人の姿が見えないことに気がついた。彼が姿を眩ますように自分の元を去るのはいつものことだったので、また今回もそうなのだろう、彼には何を差し置いても成し遂げなくてはならない急の用事があるのだ。そう思うとこれ以上古文書を片づけている気分にはなれなくて、申し訳程度に倒れた本を起こしその場を去ろうとした。今度はいつ会えるんだろう、独り言が自然口をついて出る。

「マツバ?どこへ行く?」

 声に驚いて振り返ると其処に居ないはずの彼が立っていた。マツバは目を丸くする。自分の認識が勘違いだったことよりも、聞かれるはずのなかった言葉を不用意に発してしまった失態に気を取られ、彼にしては珍しく、態度も露わに狼狽えた。ミナキは最初何事かよく解っていないような顔をしていたが、微妙にどぎまぎした様子のマツバを見て段々事の次第を理解したらしく、僅かに口の端をつり上げると、マツバ、と名前を呼んで、そうすることで相手の神経を更に弱らせた。

「今、何と言った?」

 別に、とマツバは素っ気ない。知らない振りを決め込んで、お茶でも入れてくるよと恰も最初からそのつもりだったと言わんばかりだ。ミナキはマツバを引き留める。マツバはとっさに身構えたが、ミナキはまた元の調子に戻っていた。

「それよりも、今晩の食事の用意を頼む」
「え?」
「なに、一晩ここに泊めてもらう段取りで来たのだ」

 それがたった今の思い付きであろうということはマツバには容易に推察できたし、ミナキもまたマツバがそう勘づいていることはわかっていた。ミナキは手元の本に視線を戻して、

「話の続きは後でしよう」
と親密さに特有の皮肉を仄めかした。