平成3年9月に最初の告知を受けました。

私には、急激な脊髄の老化と説明を受けましたが、診断書には運動ニューロン疾患と書いていました。医療知識が無い私には、市役所で貰ってきた説明書の難病欄を見て、運動ニューロン疾患と書いていないか探しましたが、書いていなかったのでラッキーと喜びました。治る見込みがあると信じて、他の病院を転々と診察に回りました。

何処の病院へ検査に行っても、先生に質問してもはっきりと答えてくれず、困ったような顔をしてうなずくばかりで、かえって迷惑そうに感じました。

病院を転々と回っていると、自分でも治らない病気ではないかと感じ始めました。

平成4年10月に「筋萎縮性側索硬化症と告知を受けました。

難病と覚悟はしていましたが、本当に難病と知ればショックが大きく精神的に落ち着かなくなりました。イライラして家族にあたる時もありました。

3年〜5年の寿命と告知された時が一番辛いし、将来の事を考え落ち込みます。一時期はどうしようもないほど悩み苦しみます。ALSから逃れる事が出来ないと判ると、ALSと闘うか死ぬしかないと悩んだ末、気持が開き直ります。気持が開き直れば前向きに考えるようになり、気持が明るくなりました。

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私は告知を受けるのは早い方が良いと思います。

私の場合は、約1年で告知受けたので、考える時間が長く冷静に判断できたと思います。家族で将来の事を十分話し合って、心残りの無いように、気持の整理がつくまで、家族みんなで隠さず話し合うことが一番大事なことです。そうすれば家族の結束がより強くなります。

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告知を受けるまでの事。

妻が、告知を受けて1年間、私に言う事ができなくて、大変辛かったと言います。私は、何処の病院へ診察に行っても、納得できない診断結果ばかりで、医者が信用できなくなり不信感を持ちました。自分の心の中で医者を信用できなくなってしまった。

告知する先生も、患者と同じように辛いと思いますが、告知を希望する患者さんには、希望が持てる告知を早くされる方がいいと思います。

告知の時に、患者さんに今後のケアの事や情報の入手方法をサポートしてほしいと思います。

 

私の願いALS と告知されて、あと3年〜5年の命と言われても決して諦めないで延命処置を受けて欲しいと願っています。

呼吸器装着しても、苦しい日よりも、楽しい日の方が遥かに多いですから、生きていればかならず笑う日がくる事を信じて…………。

 告知される先生方に、絶望的な説明をしないで、生きる希望が持てる告知をお願いしたいです。

私が告知を受けてから十数年たち、現在の告知に対する不満の声が少なく、あまり聞かなくなりました。医師が患者の要求に応え正しい告知をされていると思います。(嬉しい事です)

患者がインターネットで病名を探して、医師に問うケースも珍しくない。


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