金子みすゞ、その愛

今、金子みすゞという童謡詩人が大きなブームになっている。
混沌とした21世紀の幕開けに彼女の童謡詩の持つ「やさしさ」が
多くの人々に受け入れられているからだろう。彼女の詩は小学校の教科書にも載り、
宗教家はそれを説教に引用して人の道を説く。


『大漁』

朝焼け小焼けだ
大漁だ
大羽鰛の
大漁だ

浜は祭の
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰛のとむらい
するだろう。



この「大漁」という詩は雑誌『童謡』に応募して西条八十に認められたみすゞの出世作である。
みすゞの詩は平和な情景から入って最後にどんでんのくるものが多い。この詩も「大漁でよか
ったね…」と思っていたら、いわしたちがお弔いをしていると結んでいる。このようにみすゞ
の詩には毒が仕込まれているのだが、大方の批評はそれをも彼女のやさしさだと解釈されてき
ている。曰く、わたしたちが何気なく食べているお魚にも家族がいて人間に食べられてしまう
ことを悲しんでいる。魚の気持になることの出来るやさしい心根の持ち主だというわけだ。
しかし、多くの詩に潜んでいる毒のようなものや深い哀しみは地方の海辺の町で普通に育った
のでは持ち得ない感性なのではないのかと、わたしには思えてならない。
 


『闇夜の星』

闇夜に迷子の
星ひとつ。
あの子は
女の子でせうか。

私のように
ひとりぼっちの、
あの子は
女の子でせうか。



みすゞの謳った詩の中ではこの『闇夜の星』が何番目にかに好きだ。
それはわたしが女の子だったから。
4行2連の短いこの詩は短い故に内包しているものが多い。
女であることの哀しさや悔しさが詰まっている。
女としてどう生きていけばよいのかと問いかけてもいる。
これは、同性でなければわからない感覚だろう。

男尊女卑の世の中で、女に生まれたばかりに甘受しなければならな
かった過去と未来がみすゞには見えていたのかも知れない。
見えていたとすれば、なぜ?という疑問が生じてくる。
希望のない未来が見えてしまったみすゞは詩を書くことに自己の確立
を委ねたのだろう。そして、その詩が書けなくなったときに自らの命を絶つ。

ここでわたしが気になるのは、みすゞの絶望の源がどこにあるかということ。
それを知りたくてみすゞの芝居を書いた。
だが、それはみすゞの発見者だという「金子みすゞの生涯」の著者から
クレームがついて上演には至っていない。みすゞに対する見解の相違からである。

わたしはわたしでみすゞが愛しい。
そこで、そんなみすゞの生涯をわたしの視線で辿っていくことにする。
 

みすゞに限ったわけではないが人物像を語るとき無視できないのはその置かれた立場であり、環境である。
例を山頭火であげてみれば「酔ってころぎと寝ていたよ」という句があるが、一読しただけでは「…それがどうした」で
終わってしまう場合が多い。だが、山頭火が漂泊の俳人であり、飲んだくれであるということを知っていてこの句を味
わえば大きく違ってくる。もっとも、背景など知らなくても感受できる句の方が普遍性という面では価値があるのだろう。
でも、人物像を探求したり核の追究しようとする場合はその人物の背景を知らなければ語れない。
 そういう意味から年譜には自分なりにみすゞを知る上で必要と思われる注釈を加えてみた。

 金子みすゞを語るとき必ず出てくるのが「なぜ26歳の若さで幼い娘がありながら自殺したのか」という疑問だ。
 ここでのタイトルは「みすゞ、その愛」としたが裏のテーマは「みすゞの自殺の理由を探る」なのである。
 「愛するものを守るために自らの命を絶った」とみすゞの信奉者達は言うが、愛するものがあれば自殺は出来ないと
私の中の母性が囁く。脚本を書いていて一番悩んだ部分でもある。みすゞが暮らした二つの町、仙崎と下関を徘徊し
ながら「なぜだ、なぜ」と苦悶した。
三冊の詩集も、矢崎節夫氏の「金子みすゞの生涯」も江古田文学の別冊「金子みすゞと女性達」も繰り返し読んだ。
そして
独りよがりなものかもしれないが一つの結論を導き出した。「みすゞは愛するものを失ったから自殺した」のだと。



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みすゞを囲む男たち

みすゞのさみしさ

脚本『みすゞ哀歌』