あの雲がおとした雨にぬれてゐる


「こんな夫の妻はどんな人?」


山頭火の生き様を知るにつれて

「こんな人の奥さんはどんな人だったのだろう…私なら耐えられない」
……そう思ったのが『山頭火の妻』と取り組んだきっかけでした。

放浪の俳人として有名な山頭火はなぜか10年間隔で、それも世の中が不景気で暗くなるとブームになると いわれてきていました。
最近は長引く不況のせいばかりではなく、安定した人気を得ているようです。
それは、予測が出来ないほどの早い科学の発達による急速な人心の荒廃や虚無感からくる素朴な生き方 への回帰願望が強くなってきているからではないでしょうか。

そんなこんなで山頭火は、その俳句と共に多くの人々に知られるようになってきたのですが、大方では、俳句を作る乞食坊主というイメージで 捉えられています。
事実、山頭火は居を構えながらもそれらを捨てて旅立っていますから、行乞の旅に出て 限界ギリギリの暮らしをすることによってしか自分の道を究めることが出来なかったのかもしれません。


こんな夫を持った妻はどんな思いをしていたのでしょう。
現代であればさっさと別れているでしょう。

しかし、山頭火の妻のサキノさんは明治生まれで気骨のある女性でした。
たとえお酒に呑まれても女の影のない夫を捨て去ることはできませんでした。
サキノさんには俳句に夢中になる夫のことが理解できませんでした。
しかし、なんとか世間並みの「家庭の団欒」を共にしたいと努力しました。
それが深い傷を負っている夫を癒やす方法だと信じていたのです。
妻の気持ちがわかるだけに益々居たたまれず山頭火は酒を浴びて破滅へと自分を追い込んでいくのでした。
お嬢さんとして大切に育ってきたサキノさんには夫の苦悩が理解できません。
山頭火も大地主の跡取りでしたが、家の破産や母の自殺に遭遇してきているので、その 傷の深さはサキノさんが思いやれる程度のものではなかったのでしょう。
子煩悩のくせに子供を作ったことまで不幸の源にされたサキノさんは何度も爆発しますが、そんな夫を離婚後も捨てきることが出来ません。
夫の方も妻や家庭を疎ましく思いながらも、サキノさんへの思いを断ち切ることができなくて、 それを認めたくなくて意地を張り続けました。
妻の方は、夫だから、息子の父親だから放ってはおけません。
もし、サキノさんが山頭火を理解して句作への応援をしていたらどうだったでしょうか。
あれだけの人の心を揺すぶる夥しい数の俳句が生まれたのでしょうか…。
そんな夫婦の軌跡をサキノさんの口から語ってもらうことで、もう一人の山頭火の存在が浮上してくることでしょう。

語るのは実力派女優の浅利香津代
さんです。
浅利さんは秋田県出身の女優さんで訛や方言で苦労されたこともあって、言葉には非常に敏感な女優さんです。
苦労されたことを逆手にとってどんな方言でもマスターできると自負され、いまや強大な武器となっています。
この朗読劇の語りでも防府弁と熊本弁を駆使してサキノさんになりきっての熱演でした。
そして、蘇ったサキノさんは観客の皆さんの共感を一身に浴びてすすり泣きの渦の中に立っていたのでした。