なぜ 今 紀伊半島の一部が
世界遺産暫定リストに選ばれたの?
で、「世界遺産暫定リスト」 ってなんですか?
世界遺産登録の手続きの第一段階として、各国は登録の推薦を予定する資産を登載した「世界遺産暫定リスト」をユネスコに提出しなければなりません。これまで日本は、1992年(平成4年)に12件を世界遺産暫定リストとして提出し、うち11件がすでに世界遺産として登録されています。
2001年(平成13年)4月日本は、ユネスコ世界遺産センターに下記3件を追加送付し、世界遺産暫定リストが更新されました。
《1992年登録物件》 彦根城 (滋賀県)
(平成4年) 古都鎌倉の寺院・神社ほか(神奈川県)
《2001年追加物件》 「紀伊山地の霊場と参詣道」(和歌山県、三重県、奈良県)
(平成13年) 「平泉の文化遺産」 (岩手県)
「石見銀山遺跡」 (島根県)
《2002年(平成14年)世界自然遺産候補地》
◆知 床(北海道)
流氷の影響を受けた特異な生態系をもち世界的な絶滅危惧種の重要生息地。
◆小笠原諸島(東京)
多くの固有・稀少種が生息し、海洋島として独特の生態系を形成している。
◆琉球諸島(鹿児島・沖縄)
多様で固有性の高い亜熱帯生態系やさんご礁生態系、優れた景観美。
きいさんち れいじょう さんけいみち
その 「紀伊山地の霊場と参詣道」 ってなんですか?
日本列島の本州のほぼ真ん中の辺りに位置する紀伊半島は、その大部分が標高千m級の山脈が縦横に走り,年間3千oを越える豊富な降水が深い谷を刻む山岳地帯で、「紀伊山地」と呼ばれています。
日本の原始信仰は、山、岩、森、樹木、川、滝などを神格化する自然崇拝が一般的で、容易に人を寄せ付けない神秘的な自然環境を備えた紀伊山地は、4世紀頃から神々が宿る特別な地域と考えられるようになっていました。
また、538年に百済から仏教が伝来して以来、仏・菩薩の浄土にも擬されるようになり、山岳修行の舞台ともなっています。
その結果、紀伊山地には、北部に僧空海(774−835)が唐から導入した真言密教の霊場「高野山」と、日本固有の山岳宗教である修験道の霊場「吉野・大峯」、そして南東部には自然崇拝に起源する神道の霊場「熊野三山」というように、世界的にも珍しい三種類の霊場が形成されることとなったのです。
特に、日本の社会構造が律令制から封建制へと変化する11〜12世紀は、1052年が末法思想の初年ということもあって、社会不安が著しく増大した時期となり、数多くの人々が心の安らぎを求めて紀伊山地の霊場を訪れるようになり、以後は社会的風習ともなって、日本の精神文化に大きな影響を及ぼし、特色ある文化的景観を形成するに至ったと考えられます。
そして、これらの貴重な文化財や史跡が参詣道(巡礼路)とともに広範囲にわたって極めて良好に遺存している比類のない事例であるということ、また、それらが今なお連綿と民衆の中に息づいている点においても極めて貴重な点であることから、世界遺産登録に推薦されました。
遺産の種別としては、文化遺産 <記念工作物、遺跡>です。
@ 記念工作物 A 建造物群 B 遺跡(文化的景観を含む)
所在地としては、3県で合計29市町村にまたがります(平成17年の市町村合併の前)。
和歌山県:新宮市、伊都郡かつらぎ町、九度山町、高野町
西牟婁郡 白浜町、中辺路町、日置川町、すさみ町
東牟婁郡 那智勝浦町、熊野川町、本宮町
奈 良 県:吉野郡吉野町、黒滝村、天川村、野迫川村、大塔村、
十津川村、下北山村、上北山村、川上村
三 重 県:尾鷲市、熊野市,度会郡 大内山村
北牟婁郡 紀伊長島町、海山町、
南牟婁郡 御浜町、紀宝町、紀和町、鵜殿村
推薦資産の範囲としては、文化財保護法に基づき、国宝4棟、重要文化財23棟の建造物が含まれた、史跡7件、史跡・名勝1件、名勝1件、名勝・天然記念物1件、天然記念物4件が指定されています
|
「紀伊山地の霊場と参詣道」の主な構成 《文化遺産登録基準 》 (予定) |
|
|
「霊 場」 (境内地を含む) |
慈尊院、丹生都比売神社、丹生官省符神社、金剛峯寺、金剛三昧院、 徳川家霊台、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社、 那智山青岸渡寺、金峯山寺、吉野水分神社、大峰山寺など |
|
「参詣道」 |
高野山町石道、熊野古道(大辺路・中辺路・小辺路・伊勢路)、大峯道 |
|
「その他」 |
那智大滝、那智原始林、 吉野山 熊野川(川が世界遺産になるのは、日本国内ではこれが始めてです) |
| 「紀伊山地の霊場と参詣道」の資産地図 |
![]() |
和歌山県世界遺産登録推進協議会 ホームページより引用
(http://www.sekaiisan-wakayama.jp/japanese.htm)
それで、 現在世界遺産に 唯一登録されている道=
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路
とは どんな所ですか??
◆フランスからスペインまでの1500kmの巡礼路
◆9世紀初頭813か838年(文献により異なる)、北部ガリシア地方で星に導かれた羊飼いがキリストの十二使徒の一人聖ヤコブの墓を発見しました。
◆そしてこの場所は『星の野原の聖ヤコブ』や『カミーノ(道)・デ・サンティアゴ』と呼ばれ、欧州や世界各地からの多くの巡礼者たちを迎え入れました。
◆ローマ、エルサレムと並び、このサンティアゴがヨーロッパ三大巡礼地の一つとして崇められ、キリスト教信者の心の 拠り所となっています。
◆『サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂』の建築は1071年〜1128年頃完成したといわれていています。
日本では平安時代。907年に宇多法皇が初めて熊野詣をされ、
1201年には後鳥羽上皇にお供した藤原定家が熊野へ来られ『明月記/御幸記』を記されています。
また、804年最澄、空海遣唐使と共に唐に渡り、807年帰国。
819年高野山に金剛峯寺建立されています。
今回暫定リストに追加登録された平泉中尊寺金色堂も1124年に建立されています。
◆現在は巡礼色は薄くなっていて、若者が多く、スポーツ・体力挑戦のエリアとなっているそうです。
◆巡礼路の道標は統一されていて、スペイン国営の巡礼者専用の宿泊設備があり、巡礼者に対しては優遇されているそうです。
◆ガリシア州内にある約200kmの巡礼道は、和歌山県内の熊野古道と友好姉妹道(1998/10)になっています。
1985年 サンティアゴ・デ・コンポステ-ラ
(旧市街) スペイン側 文化遺産1,2,6
1995年 サンティアゴ・デ・コンポステ-ラへの巡礼路 スペイン側 文化遺産2,4,6
1998年 サンティアゴ・デ・コンポステ-ラへの巡礼路 フランス側 文化遺産2,4,6
世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」(スペイン・フランス)
(財団法人 和歌山社会経済研究所ホームページより http://www.wsk.or.jp/index.html)
|
簡単な比較例 |
熊野古道 |
サンチャゴ・デ・コンポステーラ |
|
全 長 |
約350km (京都・城南宮〜熊野三山) |
約1,500km (パリ〜サンチャゴ) |
|
巡礼の時期 |
10〜19世紀 |
10〜15世紀 最盛期12世紀 |
|
遺産の内容 |
熊野信仰の中心である『熊野三山』、 |
『フランスの道』と言われる巡礼路本ルートと巡礼路が通過する市町村に点在する |
|
関係市町村 |
3県29市町村(市町村合併前) |
5自治州166市町 |
|
その他 |
シンボル:八咫烏 |
シンボル:ホタテ貝 |